梅田の街に溢れる「スーツ・アーミー」への違和感

  2月下旬、大阪・梅田や難波の駅を歩くと、視界を埋め尽くすのは同じ色、同じ形の黒いリクルートスーツに身を包んだ若者たちの姿です。私は彼らを心の中で「スーツ・アーミー(Suit Army)」と呼んでいます。 韓国で生まれ、声楽という「個」の表現を極める世界で生きてきた私にとって、この光景は2026年の今でも異様に映ります。海外の英語圏や韓国では、パンデミック以前からすでにこうした画一的な就活スタイルからの脱却が始まっていました。今や世界のトップ企業の多くが、自由な服装で自らの色を出しながら働く時代です。 しかし、日本社会はどうでしょうか。個性が強いと言われる日本国民でありながら、社会に出る一歩目でその個性を自ら殺し、保守的な「型」に嵌まることを強要される。この社会の動きの遅さには、正直なところ落胆を隠せません。スーツを着ることの唯一の利点があるとすれば、「毎朝のコーディネートに悩まなくて済む」こと——ただそれだけではないでしょうか。 「失敗」という言葉は、私の辞書には存在しない 私が今、世界最大級の企業であるアマゾンジャパンの正社員としてここにいるのは、決してエリート街道を歩んできたからではありません。実は、私はアマゾンに10回挑戦し、9回不採用通知を受け取っています。 「10回も落ちて、なぜ諦めなかったのか?」とよく聞かれます。私の答えは単純でした。 「私はこの会社に入ると自分自身で決めた。だから、入れるまで挑戦する。そのために必要なスペックを積み上げ続けるだけだ。」 そこに迷いや無駄な感情はありませんでした。多くの人は一度の不採用を「失敗」と捉え、自分の価値が否定されたかのように落ち込みます。しかし、私が10年間の日本生活で確信したのは、この世に「失敗」という言葉は存在しないということです。 存在する言葉は、たった二つ。「過程」と「成功」です。 アマゾンから10回目の不採用通知を受け取る過程で、逆に「このポジションならどうか」と勧誘を受けたあの瞬間、私の中の「過程」が「成功」へと繋がりました。あなたが今、不採用通知に心を痛めているなら、それは失敗ではなく、成功というゴールに到達するための「必要な音程の調整(過程)」に過ぎないのです。 「無謀な挑戦」と「戦略的な挑戦」の違い ただし、ここで勘違いしてはいけないことがあります。ただ闇雲にドアを叩き続ければいい...

【在日10年】「外国人労働者」から「社会の構成員」へ:境界を歩む私が綴る、日本社会の明と暗

景色が「言葉」に変わった日

大阪の街を歩いているとき、ふと足が止まる瞬間があります。視界に飛び込んでくる無数のネオン、看板、注意書き。10年前の私にとって、それらは解読すべき「記号」の羅列に過ぎませんでした。しかし、いつからでしょうか。それらが風景の一部として、あまりにも自然に、ダイレクトに私の脳に響くようになったのは。
1985年に韓国で生まれ、声楽の世界で声を磨いてきた私が、日本という異国の地でアマゾンの社員として生き始めて10年。今では、誰かと日本語で対話をすることに、一切の負担も躊躇も感じません。その「当たり前」の感覚こそが、私が「外国人労働者」というレッテルを脱ぎ捨て、この社会を動かす「構成員」の一人になった何よりの証拠なのだと痛感します。
「良き書き手とは言葉の中で 伝えたい本当の心を掬い上げるもの」——私が大切にしているこの哲学は、日々の生活の中でも私を支えています。言葉の壁が消えた先で見えてきたのは、単なる便利な暮らしではありませんでした。それは、この国の光と影を、一人の当事者として真っ向から受け止めるという、新たなステージの始まりでした。

「明」:正しく生きる者に与えられる、究極の自由

私が感じる日本生活の最大の「明」、つまり魅力は、ある種の「自由」にあります。それは、放종(ほうじゅう)としての自由ではなく、社会のルールを守り、自らを律して生きる者にのみ与えられる静かな自由です。
日本社会には、他人の視線を過剰に気にすることなく、自分自身の生活を淡々と営める土壌があります。周囲の目を気にせずとも、自分が「正しい生活」を送っていれば、誰からも邪魔されることなく自分の時間を謳歌できる。この適度な距離感と透明性は、かつて私が知っていた同調圧力の強い環境とは対照的な、心地よい解放感をもたらしてくれました。
大阪という街の活気の中に身を置きながら、孤独を恐れず、しかし社会とは確実に繋がっている。この絶妙なバランスの上に成り立つ自由こそが、私が10年という歳月をかけてこの地で見出した、最も価値のある収穫の一つです。

「暗」:21世紀の先進国に潜む、歪んだ選民思想

しかし、光が強ければ影もまた深くなります。10年という歳月は、私にこの社会の「暗」の部分も赤裸々に見せつけました。
現在、日本における韓国や韓国人への視線は、かつてないほど親好的で、温かなものになっています。K-POPや食文化を通じて、私たちは「親しみやすい隣人」として受け入れられています。しかし、その温かさの裏側で、特定の国籍や人種、特に東南アジアやアフリカ系の人々、そして欧米人に対しても、依然として差別的な言動や偏見が根強く残っているという事実に、私は強い違和感を抱かざるを得ません。
特に高齢層において、その傾向はより顕著に現れます。2026年という、多様性と共生が叫ばれる21世紀を生きる先進国民として、同じ土俵で呼吸しているとは信じがたいような排他的な言動を目にするたび、私は深い悲しみと憤りを感じます。ある特定の人種を「下」に見ることで自らのアイデンティティを保とうとする姿は、グローバル企業であるアマゾンで多様な価値観に触れている私にとって、あまりにも時代錯誤で、看過できない「影」なのです。
この境界線——誰かは歓迎され、誰かは排除される——という歪んだ構造を目の当たりにするとき、私は自分がどれほどこの社会に馴染もうとも、永遠に「境界人」としての視点を持ち続けなければならないと強く決意するのです。

舞台は変われど、響く「声」は変わらない

私がこの社会の構成員として、アマゾンというプロフェッショナルの現場で存在感を示し続けられているのは、実はかつて学んだ「芸術」の経験があったからだと確信しています。
声楽家として舞台に立ち、自らの声をホールの一番後ろまで届ける。その「表現」への情熱は、今、ビジネスの現場での「発言力」へと姿を変えています。会議の場で、自分の主張を加減することなく、真っ直ぐに、かつ堂々と伝える能力。それは、周囲の顔色を伺って声を潜めるのではなく、一人のプロフェッショナルとして、結果の良し悪しにかかわらず「自分の存在」を明確に示すという、芸術家としての矜持が生み出したものです。
私の声は、もはやアリアを歌うためだけのものではありません。この複雑な日本社会の中で、構成員として正当な権利を行使し、時には理不尽な影に対して異議を唱えるための「楽器」なのです。

境界に立つ者の責任

「外国人労働者」として消費されるのではなく、「社会人」としてこの国に根を張ること。それは、日本の美しさを愛でると同時に、その醜さからも目を背けないことを意味します。
大阪の看板が、単なる日本語ではなく「私の日常の言葉」になった今、私はこの街の未来に対して責任を感じています。差別や偏見という影を、次世代に残さないために。言葉の中から真心を掬い上げるように、私たちの社会からも、偏見というノイズを一つずつ取り除いていく必要があります。
10年前、不安を抱えていた私に、今の私は胸を張って言えます。「お前は、この街の一部になった。だからこそ、その声で、この街をより良く変えていくんだ」と。
境界に立つ私だからこそ、見える景色があります。私だからこそ、出せる声があります。明日もまた、私は大阪の街を歩き、看板の文字を読み、私の「声」をこの社会に響かせていきます。

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